「働き方改革」で成果が挙がらない理由とは
~管理職による「ダイバーシティマネジメント」が成否の鍵を握る~
佐藤博樹 中央大学大学院戦略経営研究科(ビジネススクール)教授

現在、多くの企業が取り組む「働き方改革」。残業時間削減のために、職場では「ノー残業デー」の設定や、管理職による帰宅を促す声掛けが行われています。しかし、なかなか思うような成果が挙がらないという企業も多いようです。
日経DVD『働き方改革を成功させる ダイバーシティマネジメント』の監修者で、中央大学大学院戦略経営研究科(ビジネススクール)の佐藤博樹教授は、成果が挙がらないのは、働き方改革の目的を理解していないことにあると主張されています。「働き方改革」の目的は、残業削減でなく、時間意識を高めて「安易な残業依存体質を解消」することと、「多様な人材が活躍できる土台作り」にあるといいます。そのためには、管理職による「ダイバーシティマネジメント」、つまり部下マネジメントの改革が不可欠ということです。佐藤教授に詳しくお話をうかがいました。
■「多様化した人材」のために必要なマネジメント
──ここ数年、多くの企業が取り組んでいる「ダイバーシティマネジメント」ですが、これは現在、日本のビジネス界で推進されている「働き方改革」とどう関係するのでしょうか?
多様な人材を受け入れ、そして受け入れるだけでなく、多様な人材が持っている経験・スキルを、仕事を通じて活かし、企業経営の成果に結びつける……これが「ダイバーシティマネジメント」ですね。実は「働き方改革」を成功させるためには、管理職によるダイバーシティマネジメントが必須なのです。
これまでの日本の企業における根強い働き方は、「フルタイム勤務で、かつ残業できる」という人材を想定したものでした。一方、ダイバーシティマネジメントの考えによると、会社にとって必要な経験・スキルをもった人材であれば、「フルタイム勤務で、かつ残業できる」など特定の働き方ができなくても、例えば短時間勤務の人でも、仕事を通じて企業経営に貢献ができるのであれば、受け入れて活用することが大事になります。働き方改革は、こうした多様な人材が活躍できるようにするために不可欠な取り組みです。つまり、ダイバーシティマネジメントによる「多様な人材が活躍できる土台作り」が、働き方改革の目的のひとつです。
そしてダイバーシティマネジメントの実現、働き方改革を成功させる上で、大事なのは、管理職の価値観や部下マネジメントを変えることです。そもそも管理職の特徴は、「他者依存性」にあります。具体的に説明すると、自己に課せられたミッションを管理職として達成すること自体が、部下の働きに依存するということです。
例として「営業課長」を取り上げると、売り上げや利益の目標など、自分に課せられたミッション実現のための戦略立案は課長の仕事ですが、その戦略を具体的に実行するのは部下であるということです。つまり、営業課長の役割は、能力や適性を考慮して仕事を部下に割り振り、仕事を割り振られた部下が仕事の意味、内容を理解できるようにし、意欲的に仕事に取り組めるように支援することです。これが、管理職の部下マネジメントの基本です。
管理職になる前の担当職の時には、業務を遂行するために必要な特定の知識・技術、つまり「業務遂行能力」(テクニカルスキル)が大事でした。しかし管理職になると、部下とコミュニュケーションをとり、理解し、育成し、仕事を任せ、部下の仕事意欲を高めるなど、他者と協調して仕事をする能力、つまり「対人能力」(ヒューマンスキル)の重要性が高まります。
管理職にこうした「ヒューマンスキル」が求められることは、昔も今も変わりません。しかし、以前に比べて、管理職に求められる「ヒューマンスキル」が高度化してきています。その理由は、管理職と部下の価値観が異なるためです。管理職は、多様な働き方をするだけでなく多様な価値観を持った部下とコミュニケーションをとり、理解し、部下が意欲的に仕事に取り組めるように支援することが必要になっているからです。
■「モチベーションを高める」ことが難しい時代
──「部下一人ひとりに仕事を割り振り、その仕事の意味を理解してもらう」「能力の足りない部下は育成する」……この2つに関しては積極的に取り組んでいる企業も多いと思います。それでも多様化した人材へのマネジメント、ひいては働き方改革がなかなか成功しない理由は何でしょうか?
実はダイバーシティマネジメントにおいては、もうひとつ大切なことがあります。それは「部下に意欲的に仕事に取り組んでもらうようにする」ことも、以前に比較して難しくなったということです。仕事に必要な能力があることはもちろん大切です。しかし、その能力が仕事を通じて発揮されるかどうかは、部下の仕事に対するモチベーション次第です。部下のモチベーションを高める……じつはこれが今、難しくなってきているのです。
なぜか? そう、今、部下の仕事に対する考え方、価値観が多様化してきているからです。つまり部下の多様化、ダイバーシティです。さらに、「仕事以外にもやらなければいけないことがある」という社員が増えていることもあります。たとえば子育て、介護、リカレント(再教育)などですね。
一方、現在の管理職が担当職だった時代を振り返ってみると、どうでしょう? 部下のモチベーションを高めることは、そんなに難しい問題ではなかった。男性社員が中核的な人材で、フルタイムで働くことを当然とし、仕事以外にやりたいことがなく、給料は右肩上がりで、仕事にやりがいを感じているなど、みんなが同じ方向を向いていた時代があったわけです。
かつては「仕事が充実していれば人生は充実している」という価値観を持つ人が多かったわけです。しかし今の社員はどうでしょう? もちろん「仕事は大事」ということは変わりありません。しかしその一方で「仕事以外でやりたいこと、やらなければならないことがある」社員が増えてきています。仕事と仕事以外の生活が両立できなければ、仕事にも意欲的に取り組めません。
──では、意欲的に働いてもらうために、管理職がやらなければならないことは何でしょうか?
部下に意欲的に働いてもらうには、例えば、部下が「こんな仕事をしたい」とか、「将来はこうしたキャリアを実現したい」などの希望を考慮して仕事を与えることが大事になります。そのためには、部下が“どういう価値観を持つ人なのか?”あるいは将来何がやりたいのか、さらには仕事以外の生活で何が課題となっているのかということを知っていなければなりません。そのためには、部下に直接話を聞かなければならないということです。これがDVDのなかに登場する「傾聴」ですね。
特に“仕事以外”でどんな課題があるのか?ということは、部下に直接聞かないかぎりわからないものです。でも、昔はそれをいちいち部下に聞かなくてもよかった。「だいたい20代はこうで、30代はこうして」……自分がその年代で仕事をどう捉えていたかを考えれば、それがそのまま部下に対しても当てはまったわけです。ところが今は違う。今の管理職に求められるのは、部下にはこうしたことが該当するだろうと想定していたいわゆる「無意識の思い込み」から自由になることです。そのためには、部下一人ひとりの希望や能力を適切に理解することです。
DVD『働き方改革を成功させる ダイバーシティマネジメント』より
■働き方改革は単なる「残業削減」ではない
──働き方改革には、制度改革と併せて管理職の「意識改革」も必要だとされていますが……。
働き方改革については、多くの企業、そこの管理職の人たちが「残業削減」だと思っている場合が多いでしょう。しかし最も重要なのは、時間を「有限な経営資源」と考えて、「時間を大事に使う」ということです。「仕事が終わらないときは、残業で対応すればよい」という「安易な残業依存」を解消することが重要です。「残業削減」と「安易な残業依存の解消」は異なります。この点の理解が重要です。
突発的な出来事があった際にも、優先順位を考え、「今日、手をつけようと考えている仕事のなかで、今日やらなくてもいい仕事はないか?」と考える。あるいは「明日は忙しいから、明日の仕事でできることは、今日やってしまおう」などと考える。すぐに残業と考えるのでなく、立ち止まって考えることで、必要のない残業を減らすことができるわけです。
なぜ今までは時間の使い方、仕事の進め方をそこまで“考えないで”残業していたのか? それは残業することに制約のない人、すなわち仕事以外に取り組みたいことや取り組む必要がないだけでなく、「残業は当たり前」という価値観を持つ人が多かったからです。これまでの管理職は、時間をかけて仕事をすることが評価されて管理職に登用された人が多いということもあります。もちろん当時は、時間をかける働き方でも問題はありませんでした。
しかし、そうした時代の働き方が、慣性として現在も持続している一方で、社員が大きく変化し、そうした働き方を受容できない社員が増えてきているのです。そのため、現状の働き方を改革しないと、多様な人材が活躍できないことになります。
管理職が、自分がこれまで正しいと思ってきたことを捨て去って、新たにマネジメントを学ぶ……これはとても難しいことです。ですから、まずは新たに考えなければならない問題の存在に「気づく」ということが必要です。DVDのなかのドラマに出てくる管理職は、「自分自身」に置き換えられます。自分を外から見ることによって、「変わらなければ」という意識を持ってもらえればうれしいですね。
■中小企業のほうが働き方改革はやりやすい?
──中小企業は資金も人的資源も乏しいのが現実です。働き方改革は可能なのでしょうか?
ダイバーシティマネジメントも働き方改革も、決してお金をかけなければできないことではありません。まずは、働き方改革の必要性に気づくことが大事です。そしてもうひとつ大事なのは職場風土の改革です。「時間をかけて仕事をすることが良いことだ」……これが慣性として残っている会社が多いものです。そうした職場風土を変えるためには、改革を継続することが大事です。小さな会社であれば、大企業よりもやりやすい面もあります。経営トップがやると決めて本気で取り組めばよいのですから。
働き方改革を通じて多様な人材が活躍できる企業経営にするという取り組みは、経営戦略が変わっても、あるいは社長が交代しても、やり続けなければならないと社員が思うかどうかが重要です。経営トップが「ウチは改革するんだ」と言い続けることで、社員にその思いが浸透しやすい中小企業のほうが、実は働き方改革がやりやすいのです。
また、働き方改革は中小企業にとって大変なことばかりでなく、メリットもあります。それは「人材の獲得」です。人手不足で困る競合他社を尻目に、大胆に業務改革を行って残業時間をほぼゼロにし、優秀な人材が集まってくる会社にした地方の中小企業の成功例も出てきました。
──最後に、監修されたDVDの上手な活用法を教えてください。
自分と価値観が違う部下をマネジメントしなければならない……これは難しいことです。しかし、そのときに自分の価値観を変えることは必要ではありません。自分が望ましいと思っていた価値観、それに従った働き方を、部下に求めたり、部下を評価する基準にしたりするということを変えなければならないだけなのです。管理職の中には、この点に関する誤解があります。大事なのは、自分とは異なる価値観を持った部下を受容できるかどうかです。
そういう意味で今回のDVDは、これまでの自分のマネジメントのやり方を相対化し、自分の働き方、仕事に対する価値観と部下のそれとは違うという事実に気づいてもらうことが大きな目的です。ここで示されているダイバーシティマネジメントのやり方が唯一の正解ということではありません。ですから、このDVDの内容を素材にして、より良い部下マネジメントの方法がないかを、グループディスカッションを通してみんなで考えるというきっかけにしていただければ、と思います。
(構成 中西 謡)
佐藤 博樹(さとう ひろき)
中央大学大学院戦略経営研究科(ビジネススクール)教授
1981年一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。雇用職業総合研究所 (現、労働政策研究・研修機構)研究員、法政大学経営学部教授、東京大学社会科学研究所教授を経て2014年10月より現職、2015年東京大学名誉教授。 <主な著書>『マネジメント・テキスト 人事管理入門〈第2版〉』(共著、日本経済新聞出版社)、『実証研究 日本の人材ビジネス』(共編、日本経済新聞出版社)、『パート・契約・派遣・請負の人材活用〈第2版〉』(編著、日経文庫)、『男性の育児休業』(共著、中公新書)、『職場のワーク・ライフ・バランス』(共著、日経文庫)、『結婚の壁』(共編著、勁草書房)などがある。